CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
<< 額〜蛇と牡丹〜 | main | 額〜蛇と牡丹〜 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | |
刺青物語〜蓮の花のように〜

刺青物語〜蓮の花のように〜
は、以下をお読みください。

http://tuzurukotoba.jugem.jp/?eid=875


10年以上ぶりに
刺青を彫りに来た彼女は

打ち合わせの時と違って
少し緊張していた。

前回は、電車。
今回は車で来た為、道をまた間違えて
案の定、時間に少し遅れた。

「ごめん先生!また遅れてしまった・・・!
 次は大丈夫!もう、道覚えたから。
 以前この近所まで
 仕事で来てたんやけどなぁ。」

どうやらこの近隣で
生命保険の仕事を
やっていた時期があるらしい。

口が達者そうやから
営業には向いているやろうと思った。

「さぁ、そしたらいきましょかっ!」
遅れた時間のことを考え
早々に
作業の段取りを組んで声をかけた。

「やっぱり痛いかなぁ〜?」
はにかみながら、正面を向いたまま
Rさんが、つぶやいた。

「痛いでしょうねぇ〜(笑)
 10年以上ぶりですから」

新たに彫る図柄、龍と蓮の花を
右足から彫り始める事にし

蓮の花に色を入れる際
背中の色あせたカラーの部分を一緒に
タッチアップすることにした。

「力、抜いといてくださいね。」

緊張している彼女に声をかける。

さて、肌の具合はどうやろう?
見た感じ綺麗な肌ではあるが
やはり元気がない。

ご飯食べてへんのやろうなぁ
栄養取れてない感じやなぁ、と
心配しながらも
彫り始めた。

「わッ!!!痛いっ!!!」

「痛いですねぇ〜(笑)」

「こんなに痛かったっけ?」

「ハイ、針で刺してますから
 痛くなかったら、それこそ
 病院へ行ってもらわんと(笑)」

「ほんまやなぁ〜(笑)」

そんな会話が続いたあと
Rさんが

「実は私、夢を見てね〜
 彫豊先生の夢。どんな夢やったか
 忘れてんけど、
 それでHP見ようと思ったら
 以前のページがなくって
 めっちゃ探して、やっと此処を見つけてね。
 電話かけたんです。

 まさか、彫豊先生が亡くなっていたとは
 思ってなくて、びっくりしたけど
 また彫りにおいでって
 言われたような気がして。」

そうやったんか。この出会いに
どんな意味があるんか
この時は、まだ分からなかったけれど

人と人とは縁があって出会う。
無駄な出会いなどひとつもなく
道ですれ違う人でさえも

世界の人口70億だか
72億だかいう人間が生きている中で
ものすごい確率で出会っている
奇跡的な出会いを果たした人達なのだ。

そんな事を、最近は思うようになった。

「ご家族は、知ってはるんですか?
 刺青の事」

そう尋ねた私に、Rさんは身の上話を始めた。

「両親は、知りません。
 言うても私、もう47歳ですから(笑)
 親の許可はいらんでしょ?
 
 旦那は、亡くなりました。
 莫大な借金を残して。
 亡くなった後に、知ったんですけどね。

 それで私、 
 自己破産した事があるんです。

 以前刺青を彫りに来てた時は
 旦那は、まだ生きてました。
 反対はしなかった。
 綺麗やと言うてましたよ。

 旦那が亡くなる前はねー
 一緒に、居酒屋やってたんです。
 一生懸命働いた。
 従業員の子も雇って、結構繁盛してました。
 でも私、人当たりが
 相当きつかったやろうと思います。」

彼女の話によると、
なかなかの腕利き女将という感じで
全てを切り盛りし
身を粉にして働いていたようだ。

「やから、子供は両親に任せっきりで。
 私、ほとんど育ててないんです。
 親はなくても、子は育つってホンマですね。」

そう言って、笑った。

後に、ご挨拶させていただくことになる
彼女がいつも自慢していた娘さんは
中部地方の大学で
声楽を学んでいるそうで

大学に通いながら、アルバイトをして
一人暮らしをしていた。

Rさんに似て、
色も白くべっぴんさんで
キャシャな体からは想像できない程

本当にしっかりしている。

大学では変わり者らしいが
自分の人生を
しっかりと、生きている人なんやと感じた。

10代で、父を亡くし
20代で、母を亡くしたRさんの娘さんが

残された祖父と祖母の事も
気にかけながら

これから、どれだけたくましく
人生を謳歌させてゆくのか。

私は
心から応援していきたいと思った。

「実はね、
 両親とは長い事会ってないんです。
 母親は大っ嫌い。
 要領のいい妹と違って
 子供の頃から、どんくさくて要領の悪い
 私の事が嫌いやったみたいで
 アホやの、ボケやの
 ひどい事、言われて育ちましたから。
 
 そのぶん
 父親には可愛がってもらいました。
 闘鶏って、鶏を戦わせるやつを手伝ったり、
 犬のブリーダーもやってましたから
 犬の世話なんかも私の仕事。
 後は、畑を手伝ったり
 父の話し相手。」

 「お母さん、Rさんに
 焼きもちやいてたんかもしれませんね。」

私がそう言うと

「そうかもしれません。」
と、彼女が答えた。

「だから、人間が大っ嫌い。
 私、すごく冷たい人間なんです。
 人なんて、どうでもいい。
 その代り、動物には情がわいて仕方がない。

 文鳥と、犬を三匹飼ってるんですけど
 この子達の為に
 生きてるようなもんです。」

そう話してくれた彼女は
どことなく寂しそうで
それは、本心ではないように思えた。

私も数年前までは両親が大嫌いだった。
絶縁状態にまでし
一切の連絡を絶った。

父は、自分の考え価値観を押し付ける人で
私がどうしたいとか、
私の想いとかより
自分にとって損か得かが大事な人だった。

母は、若い頃発症した難病と
今も闘っている。
病気のせいもあって
家では、いつも苦しそうで
家事などあまりせず
いつも暴言を吐く機嫌の悪い母の姿があった。

兄は、中学に入ると
家に帰ってこなくなった。

父も仕事は真面目にするが
家には帰ってこない日が多く

機嫌の悪い母と二人
暗い家の中で過ごすことが多かった。

しかし、そんな両親も
どうやって生きていったらいいのか
何が幸せなのか
その時には分からずに
手探りで、生きてきたのだろうと思う。

そう思えるようになった今
両親の過去も、自分の過去も
この道のりがあったから
現在の自分があるのだと言える。

そこに何も間違いはなく
誰が悪いわけでもなく
私自身が足りなかったわけでもない。

例えば、愛に恵まれた両親のもとで
お金や食べるものにも困らず
何不自由ないお坊ちゃまや
お嬢様で育ったとしたら

当たり前の中にある
自分の光に気づくことが出来ない。

闇があって
はじめて人は、光というものを知る。

その光を知る為に
人は生まれてくる。

千差万別な人生というストーリーを描いて。

闇と光。
そのどちらも受け入れることが出来た時
自分を受け入れることができ
他人を受け入れることができる。

そして何処も欠けているわけではなく
自分そのものが
自分そのものであっていいと
気づくことが出来るのではないか。

あっと言う間に、2時間が過ぎた。

心配していた体の不調もなく
作業を終えることが出来た。

時々、痛いという言葉を連発しながらも
Rさんは、耐えてくれた。

これだけ、おしゃべりしながら
刺青をうけていて
本当に痛いのだろうか?と
こちらが疑問に思うほど

彼女は、よく喋る人だった。

「毎回、写真を撮って進行具合を
 ブログにも掲載していきますね。
 良かったら見て下さい。」

「ハイ!私、方向音痴の機械音痴ですけど
 探してみます!」

言葉通り
いつも携帯やスマホの画面を
押し間違えては、頭を抱えていた。

最後に、彼女も
自分のデジタルカメラで
写真をとって欲しいと言い

毎回、数枚の写真を撮り続けた。

「ありがとうございました。」
そう言いながらも
動物のことや、日常の話を繰り返しながら
名残惜しそうに、彼女が帰っていった。

つづく




 
| 心の言葉〜刺青編〜 | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) | |
スポンサーサイト
| - | 19:59 | - | - | |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://tuzurukotoba.jugem.jp/trackback/876
トラックバック